ゆの里TOP >> コラム「「香り」は表現のひとつ。場をつなぐ、大切な役割があります。」

「香り」は表現のひとつ。場をつなぐ、大切な役割があります。

「香り」は表現のひとつ。場をつなぐ、大切な役割があります。

『ゆの里通信』Vol.4
あの人に会いたい 人・水・出会い 〈香りのデザイン研究所 代表 吉武 利文さん〉よしたけ としふみ

役者志望が、香りの世界に。表現者としては、同じことなんですね。

 香りを提供する仕事といえば、アロマセラピーを思い浮かべますが、吉武さんにお目にかかるたびに、その肩書きとはちょっと違うなと思っていました。香りをアレンジするものの、個人に対して提供するスタイルではないのです。
 「僕は会社名と同じ、香りをデザインするデザイナーなんですね。出身が演劇なものですから、香りを表現することに興味があるのです」
 慶応義塾大学文学部を卒業した後、自由劇場の研究生になった吉武さん。当時は東京乾電池や吉田日出子、串田和美など、錚々たるメンバーから舞台のことを学んだそうです。
 演劇の世界も虚の世界。そこに海や森はないけれど、観客が想像力でつくっていく。それなら「香り」も同じこと。吉武さんが、香りの世界へ飛び込むことに違和感はなかったそうです。
 「とはいえ、香りについては全然勉強してこなかったので、塾の講師をしながら日本香料協会に出入りして勉強しました。その時ですね。イギリスの化学者ピエスのことを知ったのは。19世紀といえば、江戸時代末期。そんな時代に音符に香りをあてて〝香階〟というものを確立している人間がいることに、勇気が出ました」
 香階とは、香料を一つずつ音にはめて、階層をつくり、音と香りをリンクさせて表現するもの。演奏することで、音と同時に香りが出る仕組みになっています。
 制作された調香台はパイプオルガンのようなかたちで、当時はアイデアだけに終わっていましたが、昨年日本で現実のものが完成しました。演奏者が奏でると、音階にあたる香りがミックスされて音と香りの世界が広がります。大手企業からの依頼でしたが、吉武さんは、その制作プロジェクトの香りの監修として参画しました。
 「当時はネット検索なんかあるわけないし、方々に手をまわして、やっとピエスの本を京都の古本屋で手に入れました。当時5万円もしました(笑)。そのピエス氏が書き残した香階の仕事が、1世紀の時を経て、まわりまわって自分のもとにくるなんて……」
 ほかにも、最近では若者の間で圧倒的な人気を誇るミュージシャン「セカイノオワリ」の野外コンサートで、メンバーの要望で海の「香り」を演出。客席の7万人を酔わせました。
 「僕は最後部にいたのですが、意図した香りはしっかり届いていましたね」
 現代のアートシーンや空間に新しい香りの演出・企画をプロデュースする仕事。まさに、香りによる「環境デザイン」ですね。

橘のルーツから、空海と真名井御前に。ゆの里では、ごく普通に存在していました。

『橘』法政大学出版局

 香りの最先端の仕事をしながら、実は、吉武さん。古代日本人を惹きつけた香りを研究し、とくに日本固有の柑橘種とされる「橘」に造詣が深い方でもあります。
 吉武さんの著書『橘』では、多数の文献を紐解きながら、橘をあらゆる角度から見ていきます。
 永遠に香る果実、橘。『日本書紀』ではその実が非時香果であり、田道間守が垂仁天皇の命を受けて常世国に取りに行ったと記されています。
 そこから、香りの符号「橘」を手繰っていけば、天香久山とつながり、空海へとつながっていく。
 著書『橘』の「空海を通してみる、かぐや姫と橘」の章では、空海とかぐや姫伝説が香りで結ばれます。
 「竹取物語は空海が書いたのでは? と思われているのですが、橘を調べていくと、空海と
愛弟子、真名井御前に行きつきました。そのころ、ある人から空海の本を教えてもらって読んだら、そこにゆの里のことが書かれている。僕は調べ尽くしてやっと、空海と真名井御前の重要性がわかったのに、ゆの里に伺って重岡会長や社長たちに話すと、ごく自然に空海も真名井御前もここでは実践で生きている。もう、驚きましたね」
 かぐや姫の「カグ」は、「天香久山」の「カグ」であり、それは「嗅ぐ」でもあり、非時香果の「橘」につながっていく。「竹取物語」の原作者、空海説は、吉武さんの著書を読み進むと、まるで上質のミステリーを紐解くように腑に落ちていく。
 洋の東西を問わず、宗教の儀式空間には「香り」は重要な要素だったと思います。
 本の中には、唐への留学から帰った空海が、京に入るまでの1~2年を大阪の槙尾山寺で過ごし、「香気寺」と名付けた瞑想思索の場所を発見したことも書かれています。空海を嗅覚の人でもあった、とみる着眼は、さすが香りのデザイナー吉武さんならではです。
 ほかにも、著書には「人名としての橘」「歌に詠まれた橘」「橘の意匠」「橘風土記」と、橘ワールド全開です。
 宿泊施設「このの」のラウンジに置いていますので、ぜひ、お泊りの方はゆっくりお読みくださいね。

空海と高野山をイメージしてゆの里の香りはつくっています。

「橘」の正式名称はシトラスタチバナ。原種はしっかりしたトゲがあり、力強い。お菓子の祖、田道間守に因み、タジマバナと呼んだのがつま

 「ゆの里の香り(アロマ)」は、7つの香りをミックスしています。
 まだまだ試作段階ですが、できあがった香りを試しに「神秘の水 夢」に数滴落としてスプレーしてみると、たちまち場が変わるような、すっと身体が軽くなるような心地よさに包まれました。
 鼻から香りが抜けると、目の奥とか、頭の芯の部分がス~ッと通って、ふっとくつろぐ感じ。男性や女性にも合う、性別を超えたやさしさがあります。
 「ほのかで、いい感じの香りに仕上がったと思います。香りの音階でいうと、中音階から上のほう。入浴液の水ノ羽衣ともつながる、ゆの里の香りです」
 「ゆの里」と宿泊施設「このの」を結ぶ通路に植えられた「橘」は、10年たって小さな苗木から、人の身長を超える、こんもりした「橘」に成長しました。
 「いろいろな橘を見てきましたが、ここの橘の成長はすごいですね。大きさの比較ではなくて、幹の太さというかエネルギーが強い。僕はゆの里におじゃましたら、必ず写真を撮らせてもらうんです」
 「香り」には、「場」をつなぐ大切な役割があると言う吉武さん。
 お水を通して、場を提供してきた「ゆの里」にとって、「香り」は2016年の重要なテーマです。「ゆの里の香り(アロマ)」の完成まで、あと少し。
 私たちが求めている「香り」をかたちにします。

「水ノ羽衣」を浴槽に入れると透明のエッセンスが、天女の羽衣のようにとけていきます。金水・銀水・銅水の3つのお水を生かしながら、吉武さんが香りを担当してくれました。
●水ノ羽衣 4,500円(本体価格)

吉武 利文(よしたけ としふみ)

1955年東京生まれ。
(有)香りのデザイン研究所代表。パフュームデザイナー。
別府大学客員教授。慶応義塾大学文学部哲学科卒業後、香りの教室「クチュール・パルファン・スクール」入学。
調香師 島崎直樹氏に師事。川上智子氏とともに「きゃら香房(株)」を設立。1993年同社を退社、フリーとなる。
著書に『橘の香り~古代日本人が愛した香りの植物~』『匂いの博物誌(共著)』『香りを楽しむ(共著)』『橘』『香料植物』。
21世紀に向けて新しい香りの演出・企画を展開している。